昭和54年5月1日 月例祭
信心は神がさす。とおうせられます。信心をしておる。信心をすると言うけれども、よくよく考えてみると神様にさせられてしておる事が分かります。させて頂く信心でなければなりません。自分がするというところでは、いわば我が信心しておるようなものです。今日は、一日ですから朝からたいへんお広前賑わいましたが、中にたくさん色々な有り難い事、または難儀な事、色々お取次ぎさして頂きました中に、今日末永先生の所に、ブラジルからお手紙がまいっております。
マットグロスト教会。末永先生のところで信心の稽古をしてとっても以前あの、ビルグイからマットグロストまでは3日間三昼夜かかると言った、実際は1週間かかるんだそうです。ね。そこから、1週間もかかる。サンパウロからならば8日間もかかる事になるんじゃないでしょうか。というような、ま、僻地のブラジルの地で4月の16日に秋の御大祭を奉仕させて頂いたと言うお礼の手紙でございました。
ここは、4月16日が春の御大際でしたけどね。ここの丁度地球の裏側にあたります南米ブラジルでは今丁度秋( ? )というところらしいです。沢山な実りがあって、もう信心をさして頂いておる者の上のその、作物なんかっていうものもたいへんな評判するほどしの出来であったという事でございます。ね。主人も奥さんから手紙が来てるんです。この頃こちらから合楽から送って頂いたお装束をつけて初めて御大際を仕えた。
ほんとに沢山な人達が次々と助かってまいります。大祭も大変麗しい大祭で今度あちらでお広前を建立しようという話が出ておる。でいろいろとその、八足の作り方とかと何とかと言ったようなことをお知らせ頂きたいと言うようにおかげを頂いておる。この頃は主人がずっと山に伐採に行かれるんですけども、この頃はトラの方が、あちらのご主人を見ると逃げるぐらいにおかげを頂いておる。
とにかく山にはトラが住むというところなんですからね。穏やかではない。そういう中でもちろん日本人、少し分かるような日本人がまあおられるわけでしょうけれども、日本人も助かり、ブラジル人も助かり、白人も助かり、黒人も助かり。しかもお広前を建立しようというような働きにまでなっておるということ。ほんとに金光大神の御非礼が、ね、合楽理念に基づいて布教されておる。
とても自分が教会をしよう。とてもこんな装束をつけてお祭りを仕えなどとは夢にも思わなかったことでございましょうけれども、どうでも末永先生、あたくしがあちらに参ります。そしたらあちらにどうでもここの出社、布教所を作って下さい。これが一心の願いであった。願いがいるです。ね。そこに言うならば人が助かるような働きの場が生まれた。今日ちょうど、ここを下がってお風呂上りましたら、竹中組の竹中( ? )ですかねの久留米支店長の支店長がお礼に出て来ておる。
なんのお礼に出て来ておるだろうかと思ったら、今日、第一回のお金の支払いをさせて頂いた。そういやー今朝から、経理の方を久保山茂さんが担当しておりますから若先生と二人で銀行からあちらへ回らして頂き、そして昨日その手続きを取ったと言うことのお礼のお届けの中に久保山茂さんが言われることがです、もうどんなに考えても親先生、こういうようなお都合送り合わせはございませんと。ということがでした。1億5千8百万円向こうから言われるとおりの支払いが出来たと言うのです。
もうほんとに一分一厘間違えのない、狂いのない働きの中にそれがスムーズに出来てくる。そのあまりのスムーズさにでしょうかね、わざわざお金を入れたからというて今日はその支店長がお礼に出て見えておられるのでございました。そしてまあちょっと若先生が後相手しましたから私はもうすぐ下がらして、大接間でしたから。先日からの起工式。23日の起工式。信心はあのされんのだけれども、ほんとに23日の起工式はおかげ頂きました。と。あんな起工式は初めてでした。
だいいち、天候のおかげを頂いて、お祭りが済んだら、式が終ったらこちらの客殿前に茶席がもうけておりましたから。からあちらでよばれてお茶の接待を受けさせていただいたが、もうこんな優雅な起工式は初めてでしたと言うてまあ喜ばれました。あくる日は雨風でした。もうそれこそあの日に、雨が降ったり風がふいてきたりしたら起工式ももう建設一歩から雨に変わる。困った事になるのでしたけれどもお繰り合わせの中に起工式が終らせて頂いた。
これはまあ今更、言うのもなんですけれどもお互いがここんところをひとつ本気で分からしてもらい。実感さしてもらわなければならないということは合楽の上に天地が働いてござるという事をです。ね。言うならば今度の御造営でもいうなら合楽の御造営ではなくて天地の親神様の願いが成就していくんだと。またしておるんだと。ね。その御用に使うてもらい、または手にも足にも使うて頂こうというのでございます。
ね。その翌日は確かに雨であり風でございました。昨日と一昨日、竹中組の方からあちらの庭の植木を全部向こうのほうへ移し変えてもらわねばならんと言う事で向こうの方へ借りてありましたたんぼに、もう一日にして秋永先生が親先生ちょっと見てください。もう一日にしてもりができましたというぐらいにあちらに全部移しょくができました。もうその日は、もう遅うまで皆さん御用頂いて、沢山な御用奉仕にみえられておった。
そして、終わったという頃からぼちぼちお湿りがありまして、もう晩は( ? )のつくほどのお湿りでございました。いやー、これは二日間の御用なのにこりゃー、二日目は出来んでいと言うておりましたけれども、その( ? )つく雨も朝方ともなったら降り終わって日が照るほどしのよいお天気になって昨日も一日皆さん御用頂かれました。ね。( ? )なんちゅうですかね。勇み足( ? )ね。
今日私、神撰室を覗かして頂きましたら、先日壱岐から大きな鰤のお供えが来ておった。
それを、当然冷凍室にいれてございましたから、あの、魚はどうしたかと。小まか魚しかないから。ありゃ昨日食べましたちゅう。食べました( ? )お供えもせんとにあんた大きな鰤があったんです。だから、もうそれから昨日それこそ大きなイカがきておったから、こりゃもう皆さんがお仕事終わられた後に( ? )あぐるとにこのイカとこの鰤でしたらちょっとお魚が出来るからいいと思っとったら、その大きな鰤を二ひきながらぶりぶりでちゃんと食べしもうとる。(笑)こげんとはちょっと勇み味でしょうね。
昨日、( ? )先生おられませんでしたもんでしたから、神撰室の方を管理する者がおらなかったわけです。ああ、こりゃまだお供えもしとらんからでけんばいと( ? )先生なら言われるのですけれどもそれが分からない。今朝、今日だからそれが、その鰤がまたおもしろかです。ね。(笑)これは壱岐の教会の御信者で今度郷ノ浦の長著選挙が。そのお願いにみえておられました。
私そのお取次をさして頂いた時に頂きましたのが、無手勝流と頂いた。どういうことでしょうか。こりゃ、もうあんまり運動経費やら使わんでよかこっちゃじゃろうと。と言うて神様がそれを教えてくださったからもう運動金を使わんでおかげを頂こうというぐらいにしかわかっていなかったんです。
ところが昨日、昨日一昨日ですかね、末永先生が丁度あちらの御大祭に行っとりましたから、帰って参りました時にその( ? )の鰤をお供えに持って帰ってきてるわけです。ね。それがおかげを頂いて、相手の候補者の方がもう急に止められる事になった。なるほど無手勝流ということはこういうことであったかという。まあ喜びの鰤のお供えでしたけれども、ほんと昨日、お供えせんで先食べしもうた。これなんかやっぱ勇み足的なものであろうと思うんですけれども、もうのりにのりというかね。おかげをいただいとるときにそういうことがございますからよくよく心しませんとそののりすぎることにもなりかねません。
おかげを頂いてだんだん今朝からの御理解の中に、「神に会いたいと思えば庭のくちに出てみよ。空が神、下が神」だと。私は昨日ある本を読ませて、ある偉い先生がお書きになっておられる、和賀心の世界と題してのものでした。それで私は、この先生は和賀心の世界と言うものをどういうふうにとらえておられるのだろうかと思うて、それこそ目が悪いのに無理して読みました。ずーっと読んでいきますけどもとうとう和賀心の世界ということは出てこなかった。
こう言うような信心をすれば和賀心を。または和賀心の世界に到達していく事が出来るんだというようなことが書いてあるんだろうと思うておったら、先代の中村歌右衛門さんが、ね、えん独唱で足が立たなくなられた。それこそ、動かぬ名誉としての中村歌右衛門さんのお宅の宅祭りについてお参りをした時のことが書いてあった。ね。そして、あの車椅子に乗って玉串を、あちらはたいへんご熱心な金光様のご信者ですからね。もう( ? )は皆そうです。
ですからその、車椅子に乗って玉串をあげられるのを見られて、もしこれで手足が自由に、そして玉串をあげられたらもうなによりものことより有り難いことに思われるのだろうけれども悲しいこと、舞台では動かぬ名誉としてのその貫録十分ですけれども、内下がられたら不自由な事である。そういうようなことで終わっておったが、私今日開かせて頂いて、教典がです。
今申しますように、ね、神に会いたいと思えば庭の口に出てみよ。空が神。下が神。金光様の信心。金光様のあんた達が拝む神様はどげな神様か。もう空が神であり、地が神である。天地が神様だ。が、私共が頼ませてもらう、拝ませてもうらう対象だというふうに。そういうただ説明だけです。もうとにかく和賀心になりさえすればおかげになると。ということだけで、ほんとに和賀心にならせて頂く手立て。その天地との交流の手立て。天地の心とはかく。その心を私共が天地の心になること肝要としてそれを頂いていく手立てが合楽理念、合楽ではいわばあらゆる角度から事こまやかに説いてある。
ね。だからこそ、天地との交流ということにもなれば、天地との間に私共、いわゆる関わりあい。天地との関わりあい。そして、天地との交流。そこから生みなされて来るおかげに触れる事が出来るのだという事。ね。だから自分がまずは実験し実証していかなければならない。ね。天の心とは、地の心とは。ね。そして、なるほど親神様じゃなというものを実感させて頂いて、、ね、言うならばその親神様と私共の間に交流するほどしのものが生まれて来る。
そこから、今日先に聞いていただきました、ね、まあ神様の目からご覧になればたいしたことじゃないでしょうけれども、私共から言えば一億五千八百万というお金は大金であるし、またそれの調達、都合ということもなかなか向こうの言う日に、しかも言うとおりにこうお支払いが出来る。もう経理の方を担当しておる久保山さんがそれをただただその御用を頂いて神様の間違いないのにはもうおそれいってしまいますと言うような働きが受けられておる。ね。
天地の親神様のそういう働きを、私共の心の上にも身近に頂かしてもろうて、なるほど私共が拝まして頂く神様は天であり、地である。天地金乃神様である。しかもその神様は、こう言う心がけになって、こういうじたらば、こういうおかげが受けられると説明して初めて金光様の神様はこういう神様だということになるのではないでしょうか。和賀心の世界に住む。和賀心の世界に住むというだけで、ただその今私が今日読ませていただいた。昨日です、私が読ませていただいたその中村歌右衛門さんのうんぬんといったようなことだけでは、どこが和賀心であるやら分からない。
その和賀心も自分で実証されるだけの実験がなされなければならないということでございます。昨夜は御礼神話会でしたから、50名余りの人達が集まっておりました。で、まあ皆さんいろいろ発表しておりました中に、( ? )先生がこういうような発表をいたしておりました。佐田、お兄さんの方。昨日、一昨日でした。あちらの箱崎教会のご( ? )ですから、お母さんがその前日にお参りしておられました。
先日は小倉の二十日の御大祭を拝まして頂きましたけれども、何か知らん私共が合楽にお参りをする。息子が二人とも合楽で信心修行さしてもらうというので皆からその、あんたとこはどういうわけであげなあげんとこにやるかとか。合楽でどういうわけで合楽にお参りするかといったな声を聞かせていただいて、まあほんとに、いちいち説明してもしようがないから、だけどもまあ不愉快思いをして帰ったというようなお届けがあっておった。
最近では、あちらの教会長先生、いわゆる( ? )先生のお父さんも、ね、二人の息子が合楽に合楽にと言うてけいとしていくのだから、こりゃ私も合楽にお参りをして、合楽の信心を頂かなければな。と主人が申しましたというお届けがあっておった。それを佐田先生が聞いて思うたこと。なんか胸がジーンとする思いがしましたと言う。ね。
イヤー、お母さんはしげしげとお参りになる。ね。神愛会にも出てこられる。だけども教会長のお父さんのはそんなわけ、いろいろあちらの手前、こちらの都合もあるわけだったけれども、そのお父さんが合楽に傾倒しかけよとしておることを聞いて嬉しいな。有り難いなとは思わなかった。ただ心の底からただジーンとするものを感じたと言うのです。何が佐田先生をしてジーンとするような思いにしたのであろうか。
その後に言うておりましたが、ね、私はその母の事を聞かせていただいて、ね、親が子供の事を思うてくれる。周囲からはいろいろと言われても二人の子供が合楽に傾倒しておるのだから私もやはり合楽に傾倒する。合楽の信心を頂くということにならなければなあといわれたと言うお父さんのその事を聞いて、ね、それこそ胸が疼く思いがしたというのである。
ああ、親を思うと言うけれども、子が親を思うというのは、またしとしおだ一段だと。世のいろんな言うならば悪い評判を聞いて、だからもう合楽には参るなと言いいよろうがというものではなくてです、例え人から悪口を言われようが、どういう事になってこようがです、ね、二人の子供が合楽に傾倒していくのであるから親も一緒に合楽で信心の稽古をさしてもらわにゃなあということであった。
それを聞いた時に、親に対する思いが掛けておる事、足りないことが佐田先生をしてジーンと心の底から何かを感じさせて頂いたという発表を昨日いたしておりました。ね。先程もここで梶原君が前講を勤めておりました。ね。親孝行がしたい。しかもその、今日の研修の時に皆さんに聞いてもらったんですけれども私も親孝行がしたいの一念であった。ね。そしてだんだん本気で信心さしていただいておったらもう一段上に親があることに気が付いた。
また一段進めていっておるうちにもういっちょ上にあった、もう一つ上に親があったという。言うならば私の心が天地に飛躍していった。ね。そして天地の中に自分が吸い込まれると言うのか、天地が私の心の中に入って下さると言うか。こちらの信心が進めば進むほど自分というものがなくなっていった。言うなら我が取れていった。その取れただけは天地の親神様が私の心の中に入ってきてくださる。私と天地の親神様との間の交流が言うならこの合楽教会を生んだというても良いのです。
そして、沢山な人達が助かる。いうならば生み出されるところのおかげともなってきたわけなんです。ね。ですから私が天地の親神様へのなら、孝行が出来るようになったら次の親にも次の親にも次の親にも、言うなら最後に肉親の親にも孝行が出来るごたるふうにちゃんとできておるのである。上の親に孝行したら下の親にはもうほうからかしとってよかというのじゃない。それを見方を変えると、例えばなら、親教会、親教会と言うとった私が、親教会、親教会と言わんようになった。これは、私がもう20・30年近くも前の年に、金光教というならお道が壊れて、いわゆるお道修繕がいるんだというようなことを頂くようになって、私の願い、思いというものがだんだんだんだんエスカレートしていったわけなんです。
そして、今思わせて頂くのに、( )は親に孝行したいの一念であった。その一念が次の親へ次の親へと進んでいった。考えてみれば見るほどになるほど信心は神がさせるとおうせられるが、神様がさせて下さったんだなと思わずにはおられません。ですから一番初めその親にです、止むに止まれん思いで親が子を思うその思いに触れたときに、子が親を思う思いの情念が足りない事に胸がジーンとするものを感じたと末永先生が言っておるように、子が親を思う思いというものがもっともっと募ってくるだろう。
昨日この事も昨日研修の時に末永先生がお話しておりましたが、ここで言われる信行であり家業の行である。分かっておるけどもそれが散漫になる。今日も身の詰まるいうなら目の荒い信行だったな。家業の行だったなということになる。これではいけない。そこで私最近は、この信行は母親の為。この信行はお父さんの為というような、いうならば焦点をそこにおいての信行であり、家業の行である。とこういうのである。
これはね、親に孝行しようと言う思いがないならこんなもの生まれてこない。親に孝行したくてたまらんと、ね、親にとにかく喜んでもらいたいという一念がです、そういう願いをたせさせていただいたら、んならこの信行はそれこそ( )の文句じゃないけれども、1つ積んだら父の為、2つ積んだら母の為という信心が生まれて来る。生き生きとしてくる。瑞々しい信行が出来てくる。目の詰まった信心が出来てくる。
これは、親でなくても子でもなくてもよい。自分のそれぞれ願いの持たないものはありますまいからその願いが成就することためにこの信行であり、この家業の行であるというように、焦点をおいての信行、家業の行ということになると瑞々しい、生き生きとした修行ができるという発表をしております。皆さんどうでしょう。それをひとつ合楽建設にかけられたら。
私の部屋のあの蛍光灯が二つこう点いてます。けども一つはスイッチいつも切ってある。だから、表のほうでスイッチを押しても一つしか点かない事になっておる。それでも( )光がいるって言うときには( )引けば二つ電気が点きます。もう皆は平気。もうほんとに平気である。もういきないりパーっと二つながらこう明々と点く。点かんで良いところに点く。もうそういうね、私は心がけも私は心行がなされておらんと出来ないと思う。
そういうな事で、私共の周囲から無駄を、いうなら無駄というか神様の御物を御物たらしめる言うならば修行も考えなければいけません。そこから生みなされてくる物。それが例えば、んならとにかくね、まあ、多少なことではあったにいたしましても積もり積もればやはり山となるのですから、それが合楽建設へ合楽建設へという思いにあり、それが祈りになって来るときに、そこから私は現れてくるおかげというものは大きい思う。
金銭からおこして使え道の為、使うて減らぬ徳受けるため。とこの前の御理解でしたかね。今日はね確か、この前の月次祭にその話聞いて頂いたように思う。だからそれは寝ておる金銭。ただ遊んでおるお金。というものは皆ないに致しましてもです、ないからそれでよいということであってはならないと私は思うです。合楽にご縁を頂く限りの人達はです、それこそ真心を結集さしてもらう。そこにです、どうでもそういう神の御用に立たせて下さい。使うて下さい。そういう御用のために、そういう御用のために一日の修行をさせて下さい。ああ、この心行もこの家業の行もいうなら合楽建設の為にと言うならば信心を一段大きくしていく、言うならばチャンスを今頂いておるのじゃないのでしょうかね。合楽の皆さんの場合は。
そこから、思いもないお繰り合わせ、夢にも思わなかったおかげの展開ともなってくるのじゃないのでしょうか。信心は神がさすとおうせられるが、なるほど信心は神がさするとおうせられる。と同時に、お供えは神がさすと言われるようなお供えができるようなおがげを頂きたい。なるほど、祈る事は願う事は修行は私がするんだけれども、ここに生みなされてくるところのおかげ、お役に立たせて頂く御用というものは神様がさせてくださったんだな。お供えさせてくださったんだなと実感のこもったそういう御用にたたせて頂きたいと思います。
今どうしても私共がまずは、和賀心の世界に住み、生神金光大神の世界へと住み替えていけれるそこへの焦点、信心の焦点という事を置かなければいけない。そういう信心がいわば身についてくるという実験をなさなければならない。実験ということは、いっぺんにへんしたというだけじゃいけません。出来なかったら繰り返し繰り返し、それこそ今合楽の上に起きて来る一分一厘間違えのない働きというものが、海外、山の中いわばそのジャングル地帯にあるような小さい町ででもです、合楽理念をもってして人が助かっていっておる。生神金光大神の道が広がっていっておる。
今日、ここの経理の久保山さんが言うように、どんなに考えてもおそれいってしまいます。というようなお繰り合わせの中にです、そういう働きが起こっておる。起工式からこの方の毎日を思うてみるとです、とてもとても天地がバックだ。天地がいわば動いてくださっておる証拠だ。記しだという。そういう間違いのない働きの中に私共一人ひとりが合楽にご縁を頂いておる者達の生き方が、いわばまたは一家があるという事を実感さしてもらう。神様のお恵み、いうならこのようなおかばいの中にある私である。のにもかかわらずおかげは右になるひだりになるというふうに互い違いになって行くとするならばこれはなにか分からなければならない事がある。まだ一心が足りんのである。心行、家業の行いよいよもって本気で取り組まなければならない。
為には今日頂いたように、その心行、家業の行の焦点をです、ただ心行だ。家業の行だというのではなくて、一つ積んでは父の為、2つ積んでは母の為というようなそこに焦点を置いての信心修行になって来るときに瑞々しい信心修行ができるようになるだろう。そこからおかげもまた生き生きとしてくるだろう。ということでございます。どうぞ。